アースガーデン

訪問・滞在・参加レポート

ナブダーニャ(Navdanya, Biodiversity Conservation Farm)

1. ナブダーニャへの旅

2017年11月17日、関空から北京経由でデリーのインディラ・ガンジー国際空港に到着したのは、真夜中の1:40でした。少し休息し椅子で仮眠をとった後、国内線の出発ロビーから朝6:20のエアーインディアに乗り、7:15にデラドゥンに着陸しました。

デリーから鉄道で6時間かけてデラドゥンに行く方法もありましたが、高齢者のひとり旅で、初めてのインドだったので、一番楽な交通手段を選びました。空港で荷物をロッカーに入れて身軽になり、付近を散歩して体をほぐしました。そして空港よりナブダーニャに電話し、これから行くことを連絡。電話に出た男性の落ち着いたフレンドリーな話し方にほっと安堵し、タクシーに乗車しました。初めてインドで乗ったそのタクシーは、アクロバット的な運転で、ハラハラ・ドキドキの連続でしたが、60分後の11:30に、無事にナブダーニャに到着しました。(その後もインドでタクシーに何度か乗りましたが、他のタクシーはごく「普通」の運転でした。)

ナブダーニャは正式名がナブダーニャ生物多様性保全農園で、世界的に知られた有機農園でNGOでもあります。植物でおおわれた建物に受付とオフィスがあります。

初めて来た外国の場所なのに、到着するとまるで以前から馴染んでいる場所のように感じられました。日本からの長旅の疲労も感じなくなり、緊張も消え不安感もなくリラックスできました。そしてここまで来られたことを、うれしく思いました。受付を済ませ、予約しておいた個室に案内してもらいました。(写真3)
すぐランチの時間になったのでダイニングルームで昼食をいただきました。(写真4)

Navdanya Visitor’s Guide (参考資料1)によると、食材はナブダーニャ農園の有機栽培のものができるだけ多く使われ、それ以外は会員農家からの生産物が使われているそうです。ダイニングと寮の建物に挟まれた庭には美しい曼荼羅ガーデンがありました。

さてここは一体どういう農園なのでしょう? これより”Navdanya— Two decades of service to the Earth & Small Farmers”(参考資料 2)という英文小冊子より要約する形で、この農場について紹介していきます。(冊子はネット上よりダウンロード可)

この冊子の該当ページよりナブダーニャ農園についてひととおり紹介した後で、また私のナブダーニャ到着後の個人的な話に戻ります。

2. ナブダーニャとは?

2-1. 多様な活動の紹介(→p.1)

ナブダーニャは科学・技術・エコロジー調査研究財団(Research Foundation for Science, Technology and EcologyーRFSTE)のプログラムとして、科学者で環境保護活動家であるヴァンダナ・シヴァ(Dr. Vandana Shiva)がスタートした有機農園であり、ネットワーク・会員組織であり、活動・運動体であり、教育の場でもあります。

ナブダーニャは生物多様性、地球環境、小規模農家を守る非暴力的な農の場として生まれました。
1987年よりタネの保存活動、有機農業の実践、遺伝子組み換え作物の危険性への認識を高め、人々の生物資源の知識を略奪から守ってきました。
グローバル化する企業より食料主権を守り、インドで初めて生産者と消費者の直接取り引きを先導し、フェアーでない自由貿易にとって変わるフェアートレードで生産者と公正な価格で取引し、農村に持続可能な経済的機会を提供してきました。

ナブダーニャにとってのフェアートレードは、以下のことを意味します。

  • パテントフリーであること
  • 遺伝子組み換えでないこと
  • 無農薬であること
  • 公正な価格であること
  • 水資源や土壌、土地の保全を促進
  • 生産者の食糧主権を保障
  • 自らの選択を通じて協同生産者にもなる消費者に、健康的で栄養価の高い食品を供給すること。

ナブダーニャでは持続可能な生活に関するアースデモクラシー教育のプログラムがあります。また女性が主導するジェンダー配慮型の活動をし”多様性のための多様な女性”というジェンダー教育プログラムもあります。併せてナブダーニャは人種、信条、ジェンダーの多様性に基づき、自然と文化の多様性を守る活動もしています。詳しくはヴァンダナ・シヴァさんの著書に書かれています。

以下それぞれの領域の活動を該当ページより要約し、具体的に説明していきます。

2-2. タネの保存(→p.2)

ナブダーニャはタネの保存のパイオニア団体です。農的生物資源の多様性保全には、地域関与が不可欠だと考え、地域社会や地域団体と共に生物多様性に基づく環境保全農業を推進し、多くの州で40万人の男女の農業従事者に役立つ活動をしてきました。

地域生態系に何世紀にも渡り適応してきた国中の3,000種以上の米の品種を保存してきました。これらは何世紀にも渡って、各地域の生態系に適応してきた品種です。75種類の小麦、何百種類ものアワ、ヒエ、穀物類、マメ類、油脂作物、野菜、薬用植物など多目的に使える植物を保存してきました。これまで各地域で、地域パートナー達と共に、シードバンクを創設してきました。その中にはラダックの団体も含まれています。2008年までにナブダーニャは54のシードバンクを国内の16の州に設立しました。

ナブダーニャには何百年にも渡って農家が選別し育んできた気候変動への耐性を持つ品種があります。これらは気候変動が農業にもたらす危機を乗り越えるのに必要です。またサイクロンに見舞われた地域には塩害に強いタネを提供し、干ばつに見舞われた地域には干ばつに強いタネを、洪水が起こった地域には洪水に強いタネを提供しました。

2-3. オーガニック革命(→p.3)

化学物質依存型農業の危険性、工業化された農業のコスト、遺伝子組換えのリスクに関してナブダーニャはパイオニア的研究を行った結果、環境保全型農業が生産性も高く、餓えや貧困への継続的で唯一の解決策であることを明らかにしました。ナブダーニャは40万人の農民男女や、学生、政府関係者、国内や海外のNGOに生物多様性保全や有機農業に関する訓練を行いました。訓練を受けたNGOの中で規模の大きなものは、現在インドの5.000の村で活動しています。有機農業は単なる農法ではなく、地球と農民の命を救うものです。

一方、企業がすすめる農業は、経費が高く農家を窮地に追い込みます。コストが増大し農産物価格が低くなり、農業従事者は多大な負債をかかえて絶望へと追い込まれます。1997 年より5つの州(アンドラ・プラデシュ、カルナタカ、マハラシュトラ、パンジャブ)の25万人の農民が自殺しました。1991年の新経済政策や1995年のWTOルールの農業合意が発効した以降、RFSTEは貿易自由化がインドの農民と農業に及ぼす影響を調査してきました。

2-4. フェアー・トレード(→p.4)

フェアートレードで生産者から直接消費者に届ける店(アウトレット)がニューデリーに2か所あります。まず ”タネから食卓へ”(From Seed to Table)の体験ができるカフェが、ディリハート(Delli Haat)の中にあります。(写真8と9はディリハートとカフェ)

またハウズカス(Hauz Khas Market)では、穀物類(米、小麦、アワ、ヒエ)や加工品(シリアル、クッキー)や布製品が売られています。

多くの生産者がいるデラドゥンにも同様な店があります。戸別配達もされ、フェスティバルへの出店もされています。また国際的なスローフード運動のテラマドレ(Terra Madre)集会に、ナブダーニャの地域団体、生産者、食品加工業者が何度も参加しています。

2-5. 遺伝子組換え生産物からの自由(→p.5)

ナブダーニャは遺伝子組換え生産物の危険性に対する運動をインドと世界で先導してきました。遺伝子組換え生産物に関しては、「飢餓をなくし、地球を守り、食料を確保する」という 「3つの神話」が広く行き渡っていますが、RFSTEは調査研究とキャンペーン活動で以下を明らかにしました。「飢餓が深刻化し、生産コストが高いのに得られるはずの収穫が得られず、借金が増え農民が自殺に追い込まれる」ことです。

遺伝子組換え生産物は生物多様性にも環境や健康にも害があるので、1991年以来その商業化に反対してきました。1997年よりBt.コットンがフィールドテストを経て、商業栽培がスタートした後も反対を続け、企業や政府が言っていることが偽りで間違っていることを証明しました。RFSTEを通じてアメリカのモンサントとインド当局に公益訴訟(Public Interest Retigation)をおこし最高裁で争いました。

香港でのWTO閣僚会議では、国が自国の農地、環境、消費者を遺伝子組換え作物から守る権利をWTOが剥奪するとして、ナブダーニャは740団体の一員として反対の意思表示をしました。またインドではRFSTEと他団体が、インド政府に遺伝子組換え作物の導入に10年間のモラトリアムをただちに設けることを要求しました。

2-6. 知的・生物的共有財産を取り戻す(→p.6)

WTOのTRIPs協定の中に、IPR法と呼ばれるの知的財産権の新ルールがあり、自然が創造したものや、農民が何千年もかけて改良してきたものが略奪(biopiracy)される原因になっています。

略奪行為はニーム(Neem インド産、センダン科)という植物に起こりました。 防虫効果に加えて、インドの伝統医学で様々な効能があるとされている最も有用な薬木です。

写真11

ところがアメリカ農務省やアメリカの大手化学会社グレース社がニーム抽出法などの特許権を得て、グレース社がその特許権を行使し、インドのニーム製品製造業者に抽出技術の買上げをせまったそうです。1994年にRFSTEとナブダーニャは、それをニームの伝統知識の略奪行為として、反対運動をグリーンピースその他と共に展開し、欧州特許庁に特許無効の審判を請求。2000年に無効の判断がくだされました。
 
他の例はアメリカ企業ライステック社が、インドのバスマティ(Basmati)という芳香米で特許を取ったことに対して、1998年にスタートした反対キャンペーンです。この香りは自分たちの発明品だとライステック社は主張しましたが、実際は農家が長年かけて選抜し、優良なものを育ててきたのです。2001年にアメリカの特許商標庁はバスマティ米特許の大半を取り消し、ナブダーニャが勝利しました。

またモンサント社がインドのNap Halという小麦の特許をミュンヘンの欧州特許庁でとった時も、2004年に無効となりました。以上、生物資源の略奪を食い止めた3つのエピソードです。

2-7. 農民の権利とタネの自由(→p.7)

ナブダーニャは1991年以来、農民を組織化し、タネを農家のものとする運動をしてきました。
企業が知的財産権を根拠にタネを独占すると、農家がタネを保存し、タネを分かち合うことが犯罪になってしまうのです。1993年にはバンガロールで50万人の農民がタネを自由に使うための大集会に参加し、これはWTOに対する最初の国際的なプロテストとなりました。

2000年にはタネへの権利とタネを守り、持続可能な農業のためのタネのマーチをスタートし、タネに関するイベントやプログラム、シードバンクの各地での創設を通じて認識を高めてきました。またリチハリア博士の22,972種類以上の稲の遺伝資源(germplazms)の貴重なコレクションに、タネの大企業シンジェンタが手をのばした時、ナブダーニャ/RFSTEと他団体でくいとめ勝利しました。加えてインド各地で”人民のタネ法廷”を実施し、知的財産権法に対抗しました。
2005年にはパートナー達とタネを自由に使うキャンペーンを繰り広げ、生命を特許化する新しい特許法(Patent Law)と、農家を犯罪人にするタネ条例(Seed Act)への非協力を宣言しました。

2-8. 生命への民主主義とアースデモクラシー(→p.8, p.9)

生命への民主主義とは、牛、ヤギなどの家畜や野生動物、樹木や薬草などの植物やタネなど多様な生物資源を、外部の人たちが特許で独占したり、遺伝子組み換え技術で破壊したりすることから守り、地域社会で保全して暮らしの中で持続的に活用していく取り組みです。
また生命を破壊する文化から生命を守る文化を目指し、ナブダーニャはアースデモクラシーという運動もスタートしました。タネと食糧、水、土地への主権のための取り組みです。食糧への権利としてタネを共有財産とし自由に使って食糧生産ができること、そして民主的に分配できる権利の要求です。
インド政府は水の権利をコカ・コーラやヴィヴェンディのような多国籍企業に譲渡しようとしており、2000年にナブダーニャは水の権利を私有化・商品化より守り、伝統的な取水方法を奨励し、水を平等に使うキャンペーンを開始しました。RFSTEと水の民主化をめざす100以上の団体の連合体で、ガンガの水を農民から奪う世界銀行の計画をストップしたり、共有物であるケララの地下水をコカ・コーラが貯水し、汚染を引き起こし、利益を得ていたのもストップしました。

また土地への権利は経済と食糧の安全保証の根幹にもかかわらず、何百万もの人々が土地を奪われていました。土地は生計手段として耕作する人に属するべきだと強く確信し、ただちに土地への主権を保障する方策を要求しました。

2-9. 多様性のための多様な女性たち(→p.10)

「多様性のための多様な女性たち」はエコフェミニズムの考え方にたつ国際的な活動で、1990年代半ばにRFSTE/ナブダーニャにより設立されました。モノカルチャー、戦争、全体主義、原理主義の増大する脅威から、多様性、平和、民主主義を守ろうとしています。異なる地域の女性たちにより、1996年ローマの世界食料サミット、1999年シアトルでのWTO会合、2000年プラハでの世界銀行の会合、1998年ブラスチラバと2000年ナイロビでの生物多様性会議、そして2002年ヨハネスブルグでのリオ+10 で、「もうひとつの声」が届けられました。2005年には2月にはインド、ナブダーニャのタネの学校で、「多様性のための多様な女性たち」により、女性と水の国際会議3回目が開かれ、15カ国から75名の女性代表が参加しました。

3. ナブダーニャ滞在

以上、小冊子より要約する形でお伝えしました。私が2017年11月17日11:30に到着した木立に囲まれた静かな心安らぐ農園は、このような活発なキャンペーンや活動を主導し、インド国内はもとより国際的にも影響力を持つ運動団体でした。

その活動の概要をお伝えしたので、これから私の個人的な滞在体験に話題を戻します。

私が到着した日に、インドで開催された国際的な有機農業の会議に出席後、ナブダーニャに来た方々にお会いしました。その会議はニューデリーのIFOAM(国際有機農業運動連盟)の世界大会だったはずです。ニュージーランドの”Soil and Health”の編集者で農業を教えている女性と有機農家さんの合計3人でした。村のマーケットが立つ日で「行きませんか?」と誘ってくださったので、夕食前にご一緒させていただきました。少し歩くと道路沿いに小さな商店が何件か立ち並び、日用品はだいたい入手できそうでした。マーケットは多くの人々で賑わっていました。

ナブダーニャのダイニングルームの入り口には掲示板があり、そこには滞在者の名前を手書きした表示がはってありました。滞在者はBijaks (タネを播く人)と呼ばれ、この日は13名でした。毎日のスケジュールも掲示されていました。

早起きの人は5:30から起床し、ヨガや瞑想をしていました。

7:00は朝のお茶の時間で、チャイをいただくことができました。朝食は8:00です。8:45にはモーニングサークルと呼ばれるミーティングがあり、連絡事項やその日の作業が伝えられました。

私は到着日の翌朝、このミーティングで自己紹介した時、ナブダーニャに滞在後にハイデラバドのパーマカルチャー国際会議に出席することを伝えたら、同じ予定の滞在者が他にも2〜3人おられました。

毎日の予定が決められていました。9:00〜10:00には皆で公共スペースの掃除をし、10:00〜13:00は作業時間で、調理手伝いと農作業の2組に分かれて働きました。写真21と写真22は、野外調理場に隣接した屋内調理場です。野外調理では近くの森から集めてきた薪が使われていました。

写真23は調理で補助的に使われるバイオガス・プラントです。

写真24と写真25は畑作業と休憩時間です。13:00にランチが提供され、15:00〜17:00には午後のセッションがあります。セッションは学びの時間で、グループに分かれてヒマラヤのハーブについて調べて発表したり、タネに関する話を聞いたりしました。夕食は19:00で、その後の22:00〜6:00は ”静かに過ごす時間” とされています。

私は日本ではインド料理をたまにレストランで食べる程度だったので、毎日3食のインド料理に馴染めるか不安でしたが、その懸念はすぐ払拭されました。有機食材の菜食料理はとても美味しく、全く違和感なしにいただくことができました。

写真26は、朝の光をの中で農場を眺めながらテラスで朝食(写真27)をとっている滞在者たちです。写真28と写真29は昼食か夕食です。

到着した翌日には農場を案内してくださいました。タネの保管庫では雑菌を持ち込まないように、靴を脱いで入ります。

これらのタネは農業生産の営みの中で繰り返し使われるように、希望する有機農家に無料で提供されています。Navdanya Visitor’s Guideによれば、提供を受けた農民は収穫後そのタネを多めに返すか、同様な分かち合いを希望する他の農民2名に無料で提供するか、どちらかが選べるそうです。育苗場(写真32)があり、乾燥室(写真33)がありました。

様々な材料によるミミズコンポストが作られていました。(写真34)
ニームを使ったものが防虫効果が高いそうです。

牛が飼われていました(写真35)。
畑の耕うんは機械よりも雄牛をできるだけ使うそうです。

滞在期間中の自由時間にはいろいろなことをしました。他の滞在者2名と一緒にフォレストウォークに出かけたことがありました。菜花の咲く畑を抜けて木立の中に入っていくと、アリ塚のようなものや、見たことのない鳥の巣のようなもの(?)がありました。

滞在者の多くはアメリカからでしたが、その中のひとりの希望で、当時居住していた美山町アースガーデンのiPadスライドショーを、ダイニングでさせていただきました。

また長期滞在の人たちが作業する畑を自由時間に手伝っていたら、「福岡正信メソッドは、今の日本ではどうなっているの?」という質問があり、作業しながら自然農のその後の流れと現状について簡単に話しました。するといつの間にか作業をしていた人たち全員が、私の周りに来て取り囲むようにして聴いておられました。ヴァンダナ・シヴァさんのbrother(兄?)とダイニングルームでお目にかかりましたが、その時も、私が日本から来たと知って同じ質問をされました。同じ説明をしたところ、「ずっとそれを知りたかったのです。」と言われました。

5泊6日の滞在はあっと言う間でした。ナブダーニャを出発した後、デリーのチベット人コミュニティーにある宿に2泊し、ニューデリーの2か所のナブダーニャの店に出かけました。
1つ目はディリハートの中のカフェで、タピオカの揚げ物(Fried tapioca)を注文しました。 農園滞在中に、ニューデリーのナブダーニャのカフェではこれを注文するように、と勧めてくれた人がいたからです。

ハウズカスマーケットの店では、布製品のショールを購入しました。

併せて2-4でもこれらの店の紹介をしていますので、写真8、9、10もご参照ください。 

以上を読んで興味をもたれた方、滞在したいと思われる方は、まずはNavdanya Visitor’s Guide (参考資料1)を入手してお読みになることからスタートすると良いでしょう。ナブダーニャ農園の考え方や活動についての情報と、訪問や滞在に関する情報が英文29ページに渡って記載されています。それらを理解した上での訪問が望ましいと思います。以下の公式サイトもご活用ください。

2023年 植月 千砂

お断りとお願い

このレポートの2-1〜2-9は以下の参考資料2の内容の部分的な要約です。正確な情報は原文で直接確認してください。

参考資料

1. Navdanya Visitor’s Guide V11
https://navdanya.org/attachments/article/422/NAVDANYA%20VISITOR%20GUIDE%20V11_WebsiteFinal.pdf

2. ”Navdanya— Two decades of service to the Earth & Small Farmers”
https://www.slideshare.net/S7w4X/zwv96 2014年

公式サイト https://www.navdanya.org/